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武士道のルーツ

武士道のルーツは皇室が存在し始めたころ、神道に始まっている。
武士道は武士だけでなく日本国中で共有され目標になった。
すばらしい。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110518/art11051803170000-n1.htm

次代への名言
雨ニモマケズ編(17)
2011.5.18 03:17

■「武士道は日本国民が父祖より伝えたる至宝にして、他国民の得んと欲して得難く、
今日に及(およ)びて新たにこれを養成すること能(あた)わず」(朝河貫一『日本の禍機』)

『日本の禍機』は、福島県出身の世界的歴史家、朝河貫一の主著。
1909(明治42)年、日露戦争後の日本のあり方をつづった警鐘の書であり、祖国愛の書である。

そのなかで「(近代日本の)愛国心に影響することの深きは勿論なり」と述べられている、
武士道に対する朝河の考えを少し記してみたい。

《武士道とは、その名前が示すように本質的には武人の行動の善悪をさだめる倫理規範のことであった》

朝河が武士道についてつづった論文の一節である。
彼は武士道のルーツは、天皇制がはじまったばかりのころの古代日本の「真に明るい勇気と忠誠心にある」と説く。
そして「神道からは良心のあり方と両親に対する自然な感謝の情、
仏教からは人間の運命についての静思の習慣を、
して儒教からは孝と忠の徳を日本的に消化した形で授かった」とする。

また、徳川幕府による260年の治世の間に、庶民のなかにも武士道は浸透していった。
そして明治維新を経て、「武士道は今日、生まれ変わった。
その精神は一つの階級だけでなく、日本国中で共有され、
封建領土内ではなく、日本国民と天皇が共有する目標となった。

それは日本帝国の存在維持、そして極東地域の平和と発展に貢献する義務である」。
そんな日本の武士道がいま、試されているのだ、と『日本の禍機』はいう。

(文化部編集委員 関厚夫)



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