世界移植者スポーツ大会 (産経新聞)
がんばれっ!
娘を想う母の気持ち、涙もとまらなくなる。
ずっと元気でありますように。
誰もが幸せにありますように。
---
http://sankei.jp.msn.com/life/body/090911/bdy0909110738000-n1.htm
【命の贈り物】世界移植者スポーツ大会(上)
2009.9.11 07:36
■「感謝の気持ち忘れない」
「頑張れ! 頑張れ!」。豪州ブリスベーンの競技場のプールサイドで、高橋美穂子さん(36)=仙台市=の声が響いた。声の先には長女、景音美(ことみ)さん(9)の姿があった。小さな体を必死に動かし、25メートル先のゴールを目指している。
◆友人との出会い
スタートから約30秒後、景音美さんがゴール。その瞬間、美穂子さんの目に涙があふれた。健闘した娘を抱きしめる間も、母の涙は止まらなかった。
臓器移植者がさまざまな競技に挑戦する「第17回世界移植者スポーツ大会」が、8月23日から29日まで開かれた。景音美さんも移植経験者の1人として、大会に出場した。
肝臓の一部を移植しなければ生命の危険すらあった娘が25メートルを泳ぎきった。普通の9歳なら当たり前かもしれないが、美穂子さんにとっては奇跡のような光景。「夢みたい。信じられない」と喜びをかみしめた。
景音美さんが移植をしたのは、1歳3カ月のとき。生後2カ月で、肝臓でつくられた胆汁を十二指腸に運ぶ胆道が詰まる「胆道閉鎖症」と診断された。大学病院で手術を受けるが、症状は改善しなかった。「肝臓を移植しなければ1カ月も生きられない」。医師から告げられ、美穂子さんの肝臓の一部を移植した。
その後も胆道閉鎖症の合併症で小腸にも異常が現れ、頻繁に吐いたり、高熱を出したり…。当然、まともに運動することはできず、「運動会が嫌で嫌でしようがない」(美穂子さん)小学生になっていた。
転機が訪れたのは2年前。親戚(しんせき)から移植者のスポーツ大会の存在を教えられ、その年に新潟県で開かれた大会に出場した。その大会で、同じく移植を経験した片岡亜美さん(8)=富山県小矢部市=に出会った。
亜美さんは2歳のとき、腎臓に腫瘍(しゅよう)が見つかった。しかも腎臓が1つしかなく、手段は移植のみ。4歳で、母の久美子さん(48)から腎臓をもらい受けた。
新潟の大会で出会った2人はすぐに意気投合。翌年の栃木県での大会にも一緒に出場した。亜美さんやほかの選手が運動に取り組む姿に刺激され、景音美さんも少しずつ運動が好きに。亜美さんが次の大会で水泳に出場することを聞き、今年3月からはスイミング教室に通い始めた。
◆伝えたい思い
今大会で2人はボウリング、水泳、50メートル走など5種目に出場し、計9個のメダルを獲得した。「今まではスポーツが苦手で運動会は嫌だったけど、今は大好き」。運動嫌いだった景音美さんは笑顔で話し、亜美さんも「楽しかった」と大会を振り返った。
かつて生命の危機にあったとは思えないほど健康を取り戻した2人。競技が行われる会場をはつらつと走り回る愛娘たちの姿を見て、久美子さんはこう語った。
「健康になると、それがつい当たり前のことのように思うけれど、移植するときには家族をはじめ、色々な方に支えてもらった。その感謝の気持ちを忘れないようにしないといけない。『移植してよかった』と大会に出て伝えることが、私たちにできることだと思います」(森本昌彦)
◇
8月29日に閉幕した第17回世界移植者スポーツ大会。出場者や関係者の移植への思いなどを2回にわたって伝える。
◇
【用語解説】世界移植者スポーツ大会
1978年に英国ポーツマスで第1回大会を開催し、87年のオーストリア大会からは2年に1度開かれている。臓器提供者への感謝の気持ちを伝えるとともに、移植者が普通の人と変わらない生活ができることをアピールし、臓器移植への理解を広げることが目的。第17回大会の今年は45カ国から約990人が参加。日本からは8歳から62歳までの22人が挑戦した。
片岡亜美さんは6~8歳の女子ボールスローに出場。金メダルを獲得した=8月29日、豪州ゴールドコースト(宮川浩和撮影)
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娘を想う母の気持ち、涙もとまらなくなる。
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【命の贈り物】世界移植者スポーツ大会(上)
2009.9.11 07:36
■「感謝の気持ち忘れない」
「頑張れ! 頑張れ!」。豪州ブリスベーンの競技場のプールサイドで、高橋美穂子さん(36)=仙台市=の声が響いた。声の先には長女、景音美(ことみ)さん(9)の姿があった。小さな体を必死に動かし、25メートル先のゴールを目指している。
◆友人との出会い
スタートから約30秒後、景音美さんがゴール。その瞬間、美穂子さんの目に涙があふれた。健闘した娘を抱きしめる間も、母の涙は止まらなかった。
臓器移植者がさまざまな競技に挑戦する「第17回世界移植者スポーツ大会」が、8月23日から29日まで開かれた。景音美さんも移植経験者の1人として、大会に出場した。
肝臓の一部を移植しなければ生命の危険すらあった娘が25メートルを泳ぎきった。普通の9歳なら当たり前かもしれないが、美穂子さんにとっては奇跡のような光景。「夢みたい。信じられない」と喜びをかみしめた。
景音美さんが移植をしたのは、1歳3カ月のとき。生後2カ月で、肝臓でつくられた胆汁を十二指腸に運ぶ胆道が詰まる「胆道閉鎖症」と診断された。大学病院で手術を受けるが、症状は改善しなかった。「肝臓を移植しなければ1カ月も生きられない」。医師から告げられ、美穂子さんの肝臓の一部を移植した。
その後も胆道閉鎖症の合併症で小腸にも異常が現れ、頻繁に吐いたり、高熱を出したり…。当然、まともに運動することはできず、「運動会が嫌で嫌でしようがない」(美穂子さん)小学生になっていた。
転機が訪れたのは2年前。親戚(しんせき)から移植者のスポーツ大会の存在を教えられ、その年に新潟県で開かれた大会に出場した。その大会で、同じく移植を経験した片岡亜美さん(8)=富山県小矢部市=に出会った。
亜美さんは2歳のとき、腎臓に腫瘍(しゅよう)が見つかった。しかも腎臓が1つしかなく、手段は移植のみ。4歳で、母の久美子さん(48)から腎臓をもらい受けた。
新潟の大会で出会った2人はすぐに意気投合。翌年の栃木県での大会にも一緒に出場した。亜美さんやほかの選手が運動に取り組む姿に刺激され、景音美さんも少しずつ運動が好きに。亜美さんが次の大会で水泳に出場することを聞き、今年3月からはスイミング教室に通い始めた。
◆伝えたい思い
今大会で2人はボウリング、水泳、50メートル走など5種目に出場し、計9個のメダルを獲得した。「今まではスポーツが苦手で運動会は嫌だったけど、今は大好き」。運動嫌いだった景音美さんは笑顔で話し、亜美さんも「楽しかった」と大会を振り返った。
かつて生命の危機にあったとは思えないほど健康を取り戻した2人。競技が行われる会場をはつらつと走り回る愛娘たちの姿を見て、久美子さんはこう語った。
「健康になると、それがつい当たり前のことのように思うけれど、移植するときには家族をはじめ、色々な方に支えてもらった。その感謝の気持ちを忘れないようにしないといけない。『移植してよかった』と大会に出て伝えることが、私たちにできることだと思います」(森本昌彦)
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8月29日に閉幕した第17回世界移植者スポーツ大会。出場者や関係者の移植への思いなどを2回にわたって伝える。
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【用語解説】世界移植者スポーツ大会
1978年に英国ポーツマスで第1回大会を開催し、87年のオーストリア大会からは2年に1度開かれている。臓器提供者への感謝の気持ちを伝えるとともに、移植者が普通の人と変わらない生活ができることをアピールし、臓器移植への理解を広げることが目的。第17回大会の今年は45カ国から約990人が参加。日本からは8歳から62歳までの22人が挑戦した。
片岡亜美さんは6~8歳の女子ボールスローに出場。金メダルを獲得した=8月29日、豪州ゴールドコースト(宮川浩和撮影)
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2009-09-12 23:02
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